神鍋高原『今は昔』 神鍋スキーの歴史

今は昔、神鍋山は火山でした。
頂に火口(周囲約540b深さ約50b)跡を残しております。
神鍋高原は神鍋山をとりまくように広がっていています。
西日本屈指のスキー場「かんなべ」は
神鍋山の「アップかんなべ」を中心に五つのゲレンデの総称です。
  その昔、日本のスキーの発祥は明治43年にまでさかのぼります。
神鍋でのスキーの発祥は大正12年2月です。
中島久太郎(浄山)氏が日ごろ脳裏から離れたことのないスキー場
開発の一念から、単身スキーで踏査を行った。
この年が神鍋におけるスキーの発祥となっています。
乾漆像 浄山
 
 
一本の杖!!
中島久太郎
1本杖の頃の写真
近代スキー
の技術が日
本に入ってき
た頃は、物
干し竿の様
な長い一本
の杖をつい
て滑るスキー
技術でした
中島久太郎
(浄山)
杖が2本に!
杖が2本になった頃の写真



スキーの普及に、着物姿で!昭和初期

昭和初期の着物姿の写真



昔のスキー板
関西においても屈指の歴史を誇り、昭和32年と昭和40年には国民体育大
会冬期スキー会場となり、スキー関係者に広く親しまれるスキー場として、
今日に至っております。

スキー・ボードはもちろんのこと、ゴルフをはじめ 各種スポーツ、レクリエーションエリアとして、 四季を通じてご利用いただいています

神鍋高原(春)の写真


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